
1 就任にあたって
本年6月に開催されました総会での理事会におきまして、一般社団法人日本免震構造協会の会長に選任されました古橋剛でございます。諸先輩方が築き上げてこられた30年を超える当協会の歴史を振り返り、そして我が国の免震技術の知見が集まるこの組織の舵取りを担うことに、身の引き締まる思いでございます。会員の皆様のご期待に応えるべく、全力を尽くす所存です。
当協会は1993年の設立以来、会員である実務者、研究者が緊密に連携し、種々の活動を通して免震構造の健全なる普及、技術の高度化、そして安全基準の確立に一貫して取り組んでまいりました。
私も協会の委員会活動などに参加して30年近くになります。前半の約3分の1は建設会社の構造設計者として、後半の3分の2は研究者として数多くの委員会に参加させていただきました。なかでも印象深いものとしては、設計小委員会、資格制度委員会、研究助成委員会、創立30周年記念・関東大震災100年委員会などがあります。協会で活動する委員の大半は会員企業からの派遣となりますが、その活動は企業人としての役割というよりは、技術者個人としての熱意、すなわち「免震愛」に支えられているように感じられます。私も委員会活動を通じて多くの先輩方から、技術者としての有り様を教えていただきました。最近の委員会では私もベテランの部類になってしまいましたが、現在の私を形作っているものの多くは、協会の委員会活動を通して培われたものと感じています。これまでの歴代会長、理事、そして会員の皆様の弛まぬご努力に、深く敬意と感謝を申し上げます。
2 時代認識と免震構造の現状
いま、私たちを取り巻く環境は大きな転換期を迎えています。近年の地球温暖化に伴う気象災害の激甚化に加え、南海トラフ巨大地震や首都直下地震といった、国の基盤を揺るがしかねない大規模地震の切迫性が叫ばれています。また、直近に発生した各地の地震においても、私たちの社会がいかに自然災害に対して脆いかを突きつけられています。
これからの時代における建物の安全とは、単に「倒壊しないこと(人命の保護)」にとどまるものではありません。大地震の発生直後から、建物が「機能し続けること」が求められています。救急医療を支える病院、災害対策の拠点となる自治体庁舎、経済のライフラインであるデータセンターや物流拠点など、現代社会の維持に不可欠なインフラが機能を失えば、二次災害は計り知れない規模に膨れ上がります。
つまり、地震後も社会・経済活動を日常と変わらず継続させる「事業継続(ビジネス・コンティニュイティ)」の実現こそが、現代の都市、街づくりにおける最重要課題です。そして、その核心を担う技術が、私たちが推進する免震構造に他なりません。免震構造は単に個々の建物の構造健全性や機能を維持するのみではなく、その普及率が一定の割合を超えれば、社会全体の健全性と機能を維持する大きな役割を果たしてくれるものと考えています。
一方、近年の免震構造はその着工件数が期待ほどは伸びない状態が続き、建設される建物の用途も一部に偏りがちです。また、技術開発にも停滞感や閉塞感が感じられるという指摘や、協会初期のような関係者の熱意が薄れているのではないかという現状もあります。我々の世代は、免震構造以前の「建物の高さに依存する固有周期」と、「構造部材の塑性化による減衰」に頼る非常に不自由な耐震設計の世界を知っていました。それゆえ、周期や減衰を人為的に調節することで応答をコントロールし、大地震にも損傷させない建築を達成できる免震構造との出会いは、今なお忘れられないほどの衝撃と感動でした。
3 三つの重点施策
現在の社会的要請に応え、免震構造の現状が抱える問題に対応するために、私は以下の「三つの柱」を重点的に推進してまいります。
第一の柱:技術の高度化と品質のさらなる追求、JSIL実大免震試験機との連携
免震技術の「絶対的な信頼」を担保する上で、今や欠かせない社会基盤となったのが、一般財団法人免震研究推進機構(JSIL)が兵庫県三木市に整備・運用する実大免震試験機「E-Isolation」です。当協会は2015年のシンポジウム開催以来、多くの学協会とともにこの実大動的加力装置の必要性を国や社会へ強く発信し続け、その実現を強力に後押ししてきた歴史があります。
この世界トップクラスの精度を誇る試験機を用いて開始された「免震動的性能認証制度」は、実際の巨大地震を模擬した過酷な動的条件下で、実物大の免震・制振部材が設計通りの性能を発揮できるかを証明する極めて画期的な仕組みです。当協会は、この実大免震試験機との連携をさらに深化させます。得られた高精度な実大動的試験データを適切にフィードバックし、長周期地震動や巨大地震への余力検証、鉛直地震動対策といった次世代の技術開発へ活かしてまいります。さらに、この確固たる検証基盤を背景に、国内の安全品質基準である「免震・制振部材JSSI規格」の改定・高度化を推進し、社会からの免震への信頼を揺るぎないものへと引き上げてまいります。
第二の柱:情報発信のさらなる推進
免震構造の普及のための協会活動の柱でもある情報発信は、近年、インターネットなど新しいメディアの活用やアンバサダー制度の設立などにより強化してまいりました。情報発信こそが免震構造の啓蒙、理解・普及の促進に大いに貢献するものですので、この流れをさらに推進してまいりたいと考えます。
ウェブサイトやSNSの活用、出前講座、メリットのビジュアル化、新規の企画記事、提言など、あらゆる方策を考慮してさらなる情報発信に努めてまいります。また、日本の免震技術は世界に誇るべき知的財産です。世界の地震多発国に対し、日本の優れた免震技術や安全基準を普及させ、国際標準化(ISO対応など)を主導することも、国際社会に対する我が国の重要な情報発信です。
第三の柱:次世代の育成
最近の設計者は、そのキャリアの最初から免震構造が選択肢のひとつとして存在しているため、我々がかつて味わったような免震構造への感動を抱きにくい環境にあるのかもしれません。しかし、協会の活動を未来へとつなぐためには、次世代を担う若い技術者や研究者が夢を持ってこの分野に飛び込めるような、魅力的な環境づくりと育成プログラムの充実が不可欠です。これらに注力し、次世代の育成を進めてまいります。
もうひとつは、若年層向けの啓発活動です。大学の建築学科の新入生に、「建築基準法に則った耐震建築は、大地震に対して人命は保護するが、建物(財産)までは保護しきれない」という話をすると、初めて聞いたと驚かれることが多々あります。小学生や中学生の段階から耐震構造と免震構造の違いを認識してもらい、将来の免震構造の理解者(ファン)を増やすことも極めて重要です。
4 会員の皆様へのメッセージと結び
これらの施策を形にする原動力は、会員の皆様お一人おひとりの知恵と情熱に他なりません。当協会の強みは、設計・施工・製造を担う企業の実務者と、大学・研究機関の研究者が、一つの机を囲んで未来を議論できる点にあります。
私は、誰もがオープンに、活発な議論を展開できる風通しの良い組織づくりを目指します。会員企業の皆様が持つ最先端の技術力と現場の知見、そして研究者の皆様の探究心を結集し、一丸となってこの国を、環境を、そして世界を災害に強いものへと変えていきましょう。
結びに、会員の皆様のますますのご発展とご健勝を祈念いたしますとともに、当協会の新たな一歩に対しまして、より一層のご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げ、私の就任の挨拶とさせていただきます。
